2014年2月21日

東京招魂社(靖国神社)と薩摩・長州の確執

大村益次郎像のそびえ立つ靖国神社が「長州神社」としての性格を色濃く持っている、というのは亀井静香氏のインタビュー記事にある通りだが、靖国神社の前身である東京招魂社が設立された経緯については下記サイトに詳しい。

東京招魂社の成立過程とその問題点
http://homepage3.nifty.com/57577-55716/%96%F5%8D%91%90_%8E%D0%82%C6%95%BD%93c%93%C4%88%FB.html

これによると、東京招魂社は、西郷隆盛が東福寺即宗院に建てた薩摩藩戦没者の慰霊碑「東征戦亡之碑」に対抗する形で、長州の大村益次郎が突貫工事により創設したようである。
成り立ちから薩摩と長州の確執を抱えたものだったのであれば、靖国神社が西郷隆盛を祀らないのも不思議ではない。

東京招魂社は靖国神社と名前を変えてからも「招魂祭(ショウコンサイ)」という祭事を行っていて現在も続いているそうなのだが、「招魂」というのは古来の神道では一般には行われて来なかったもののようだ。
どういう儀式を行うのかは分からないが、「招魂」という字句から判断すると「魂を招いて」降りてきてもらうものなのだろう。

靖国神社は今でも、長州を恨んで死んでいったであろうかつての賊軍の魂は招きたくないのかもしれない。
靖国は西郷隆盛を「祀らない」のではなく「祀れない」施設なのではないだろうか。

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タグ:靖国
posted by ぱじぇんと | コメント(0) | トラックバック(0) | 本編
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