2015年3月28日

暴力は常に悪か

2週間も前のことだが今月15日、クリミア情勢に関連して、ロシアのプーチン大統領が国営テレビで「核兵器使用の準備を指示していた」と語ったことで、方方から批判されていた。

確かに挑発的だが、少なくとも、市民の上に実際に二度も核兵器を落とし一言も謝罪をしないアメリカには、これを非難する資格はない。

核による恫喝が公然とまかり通る世界が良い世界とは思わないが、核の脅威は無言のプレッシャーとして現に存在する。

核兵器を無効化するような技術が無い現状、核の脅威に対抗するためには、日本も核を持たなければならないと考えるのは、それほど突拍子の無いこととは思えない。

残念ながら人間は聖人君子ではない。
銃を乱射する犯人を射殺することは、許容されるのではないか。

社民党や共産党も自衛隊までは否定しないのだろう。
暴力の道具という意味では、通常兵器と核兵器の間に本質的な差は無い。

タグ:安全保障
posted by ぱじぇんと | コメント(0) | トラックバック(0) | 本編
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/416216069
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック